本居宣長と悲しき大和魂

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2013/05/04(土)
あなたのその胸に、魂はありますか?


日本の大和魂、ドイツのゲルマン魂、

マイナーなところでは、

ノルウエーのバイキング魂、アメリカのカウボーイ魂、イギリスの海賊魂。


それぞれの○○魂は、その民族や集団の誇りを感じさせると共に、

独特の思想や心意気を、表した言葉のように思います。



近年、日本におけるやまと魂』の概念は、

江戸時代に国学者本居宣長が提唱し、

その後、戦後になって、だんだんと廃れてきいるようです。



敷島の大和心を人問はば、朝日に匂ふ山桜花』。

みなさんは、こんな宣長の和歌をご存知ですか?


実は、この和歌に隠れるように、

大和魂、戦争、煙草の3つの事柄は、

とても密接な因果関係があるようです。



*大和魂と聞くと、

みんさんは果たして、どんなイメージを持つでしょうか?


何となく、

愛国心に富む、猛々しい、潔よい、清廉潔白、無欲な忠誠心。

などといった言葉あたりを連想するでしょうか?


そもそも、大和魂という精神の概念が生まれたきっかけは、

遣隋使や遣唐使などを通じて、

中国などから、異国の文化や知識が、はるばる海を渡って、

日本へと入り込んできたことが、その発祥のきっかけとなっているようです。



当時の、大陸の技術や学問は、

やはり、数段、日本より先を行っていたもので、

これを日本人が教養としてとり入れたことはご存知の通り。


しかし、当時の日本人たちはこの際、

その知識をそのまま鵜呑みにすることに不安や違和感を覚え、

これまで培った、日本人固有の判断や能力をもって、

これをコントロールしようと考えたそうです。


実は、この判断や能力のことを、

『やまと心』と言いはじめたのが、

『大和魂』本来の意味だそうです。




やまと心の原型が、

書物の中に、はじめて登場したのは源氏物語』の『少女』帖で、

おおよそ1000年前後の話。


この頃は平安中期にあたりで、

少し前に、流入した異文化に反発するように、

日本古来の文化を大事に大事に育くむような国風文化が、

もてはやされた時代でもありました。


源氏物語の中では和魂漢才という言葉で、

日本の心と海外の知識が表現されており、

このうち和魂が、のちのやまと魂へと変化していったと考えられます。


そして、この一連の流れから見ると、

異文化に押されつつある、当時の風習や学問の中で、

日本の個性や誇りを重んじようとする、ある種の島国的な危機感が、

そもそもの大和魂の語源となり、

その後のナショナリズムに繋がったのかもしれませんね。


やはり、それだけ、異文化は衝撃的だったのでしょう。




そして一方、このやまと心にておも関連が深い、

本居宣長という人物は、

江戸時代、伊勢の松坂に住んでいた、医師であり国学者です。


もともと宣長は、儒学や漢学などの海外の文化を学んでいたのですが、

政治家になるのでなければ、儒学はさほど重要ではない

という彼、独自の考えを持ち、

自ら興味のあった、日本の古典に傾倒したと言われています。


その結果、当時すでに解読が難しいとされていた、

日本の最古の歴史書『古事記』を35年に渡る執念で解読、

更にその研究を『古事記伝』44巻という形で世に示しました。



その傍ら、前述した源氏物語をこよなく愛し、

自宅を鈴屋(すずのや)と称して、多数の門下生を集めて、

日本の古典についての講義を行ったそうです。


この際、宣長源氏物語の解釈の1つとして、

やまと心を取り上げました。


しかし、この当時、宣長の解説した『やまと心』は、

後世に伝わるような勇ましいイメージとは違い、



・もののあわれ

・はかりごとのないありのままの素直な心

・仏教や儒学から離れた日本古来から伝統的に伝わる固有の精神


などが、その解釈とされ、


これを受けて、宣長は、

敷島の大和心を人問はば、朝日に匂ふ山桜花

という、情緒に満ちた和歌を詠んだのだそうです。



そして、たばこの歴史の詳しい方なら、ご存知かもしれませんが、

実は、この和歌に隠された、

敷島大和朝日山桜の4つ単語は、

明治37年に、たばこ事業に国の専売制が敷かれる際、

それぞれが、発売される口つき煙草の名称となりました。

ちなみに順に、8銭、7銭、6銭、5銭という値段だったそうです。



本居宣長自身も、片時も煙管を手放さなかったと言われるほど、

ヘビースモーカーだったと伝えらえており、

そのことも、ひょっとしたら、たばこの名称決定に、

大きく関連しているのかもしれません。



しかし、これらは歓迎されることばかりではありません。

実はこの明治37年は、日露戦争が起こった年。

たばこ事業の専売化も、

日露戦争に際し、戦費捻出のために行われた国の政策であり、


この4銘柄の名の元となった、

宣長の提唱した『もののあわれ』を表したはずの『やまと心』は、

戦意高揚にのって、勇ましいイメージの『大和魂』とすり替えられて、

人々の心に定着していってしまったようです。




そして、この大和魂4つの単語の皮肉が、

一番、極まってしまった形が、二次大戦中の『神風特攻隊』です。


実は神風特攻隊は、発足当時、4つの部隊が編成され、

その部隊名が何を隠そう、

敷島隊大和隊朝日隊山桜隊

だったそうです。。。


更に大和魂という言葉は、戦意高揚に他にも大いに利用され、

戦艦でも敷島大和朝日が存在します。

山桜に関しては、花ゆえに散るので縁起が悪いとされ、

使用されませんでしたが、


一方の神風特攻隊においては、その名はしっかり使われており、

その意味には、私も何とも言えない無常を感じます。



その後、日本の敗戦により、

大和魂という言葉は、一気に廃れ、

このことは同時に、日本人のナショナリズムの欠如に、

繋がっているという感もあります。


かといって、戦時中の軍国主義的『大和魂』は、

宣長や古人が受け継いできたやまと心
とは、

弱冠、違うニュアンスを感じます。



戦意高揚の為に使われた『大和魂』。

そして、失われた『やまと心』。


古事記を解読した、稀代の国学者が現代に生きていたら、

その目には、一体どのように映るのでしょうか?



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tag : 歴史もの たばこの雑学

この記事へのコメント:
こんにちわ^^

朝日、ありましたよね(^-^)
今でもあるのかな
懐かしいです
煙草の歴史、奥が深いですね
2013/05/04(土) 13:51 | URL | あめしすと #-[ 編集]
こんばんは、あめしすとさん!

口つき煙草4銘柄は、
1976年の『朝日』の廃止を最後に、
全て販売を中止しているようです。

そうですね。
今でこそ、かなり喫煙率は低下しましたが、
以前は、煙草は大人(特に男性)の
嗜みとまでされてましたからね。

生活に根付いていた分、
歴史やエピソードも深いと思います^^
2013/05/05(日) 03:59 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/05/05(日) 16:57 | | #[ 編集]
こんばんは、鍵コメさん!

わざわざ、ありがとうございます^^

そうですね、
もうGWも終わりですね。
僕はいつも通りです。
明日まで、目一杯楽しんで下さい!^^
2013/05/05(日) 23:59 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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