革新のたばこ王、村井吉兵衛

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☆管理人 やっぴえろ☆ 
2013/06/12(水)
合理的で革新的な最先端技術が、

取り入れられると、

それまでの産業の形態はガラリと変わり、

今までなかったものが、世の中に流通します。



明治における文明開化は、

正にそれらの革新が広がりを見せ、世を賑わせた時代です。



喫煙のスタイルも、

キセル喫煙から、紙巻き煙草シガレットへと変化を遂げ、


また、当時のシガレット自体はハイカラで文明的という、

モダンナウくてイケてる一品だったようです。



このハイカラなイメージの定着の陰には、

京都を中心に活躍した、ある煙草王の存在が見え隠れします。


商品と共にアメリカナイズされた彼の戦略、

人々の目には、とても新鮮に映ったようです。




*日本における文明開化


この前後は、世界的に見ても、

あらゆる産業に工業化の波が押し寄せました


そして、その波に合わせて、時代の流れがスピディーになり、

シガレット需要は、爆発的な伸びを見せたと言っていいでしょう。



それまで主流だったパイプ喫煙などに比べ、

火をつけるだけ、簡単にニコチン補給が可能

器具などもいらず、お手入れ不要


シガレットは、これまでより圧倒的に、

手軽で迅速な喫煙方法だった
ことが、この流れに拍車をかけたわけです。



明治初期急速な発達を遂げた日本でも、

入港してきた外国人たちが、シガレットを片手に町を闊歩しました。

それは庶民にとってハイカラで文明的な羨望の的となり、

同時に、解放された時代の象徴ともなっていったようです。



そんな風潮に目を付けた、岩谷松平は日本初の口つき煙草を販売。

自ら東洋のたばこ大王を名乗り、

リーズナブルな価格と宣伝力を武器に、大ヒットを飛ばします。



そして、これから遅れること数年あまり、

京都でも、新たなたばこ王が誕生していました。

村井兄弟商会村井吉兵衛という人物です。


東の岩谷の武器が『日本初の口つき煙草』なら、

西の村井の武器は『日本初の両切り煙草』の販売。

売り上げもさることながら、村井は西の『煙草王』として名を、

世に知らしめたそうです。



村井吉兵衛は、1864年に京都で、

養蚕業、漆業、そして煙草などを商とする両親の間に、

次男として誕生します。


一見、多角経営に見える両親ですが、

実は貧乏ゆえに、色々な商売をしていたにすぎず、

貧困から、村井は9歳の時に分家の養子となりました。


この頃から、後の企業家としての礎となる、煙草の行商を始め、

その後、分家の家督を継ぐことになったそうです。


村井はこの頃から、商才があったようで、

徐々に売り上げを伸ばし、少しづつ蓄えも増やしていきます。


そして、村井20歳の時に、風邪をこじらせたことがきっかけで、

運命の出会いをすることになります。


それが、宣教医ベリーとの出会いです。



もともと村井は研究熱心な青年だったようですが、

ここで、ベリーから『百科製造秘伝』という本を借り、

自らの担当医であった堀俊造に翻訳を依頼して、

これまでにない新たな煙草製品の製造方法を身につけます。


その製法で完成した商品が、国産葉香料によって加香した、

日本初の両切りたばこサンライスです。


つづりはSUNRISE』。

今なら、サンライズという発音で、日の出の意味。


村井自身は、昇る朝日を見て、

商品のネーミングを思いついたとしているようですが、


当時、ヒットしていた輸入煙草の銘柄サンライト』。


パッケージも、アメリカWデューク社カメオを、

今なら著作権にひっかるほど、模倣した作りとなっており、

この時点から、彼がアメリカのブランドを強く意識していたことを、

見て取ることが出来るでしょう。



そしてサンライスは、

オマケとして、外国人女性のカードを付けたこともあってか、

子どもを中心に大人気を博します。


これは余談ですが、実は近年でも、

江崎グリコの創始者、江崎利一が発案した『グリコのおまけ』は、

この『サンライス』の商法にヒントを得たと語っており、


ここで村井が行ったオマケ戦略は、

日本における『元祖オマケ戦略』と言ってもいいのではないでしょうか。



しかし、彼はここに留まりません。

その溢れる商才とアメリカタバコへの強い意識が、

彼をたばこ王としての更なる高みへ導きます。


村井は『サンライス』のヒットでは物足らず、

今度は自らが渡米、現地でアメリカタバコの製法を学びながら、

これに近いブレンドを生み出すために、現地で煙草葉を買い付けて、

遂にヒーローという銘柄を生み出します。


国産葉アメリカ葉をブレンドし、そこに加香

現在でも、多く流通している、アメリカンブレンドの製法の原型とも言え、


一方で、東京の岩谷が手掛けていた『天狗煙草が、

ドメスティックブレンドという、純国産葉使用なことからも、

『二人のたばこ王』のカラートーンは

くっきりと分かれるわけです。



そして、カラートーンといば、

どちらかと言うと、泥臭くド派手な感じのする、岩谷の広告戦略に対して、

村井の方は、意識が『アメリカナイズ』されていた為か、

何となくスマートでセンスが良い感じがします。


その証拠に、岩谷が全ての財産を使いきって、世を去ったのに対し、

村井長楽館という西の迎賓館と言われるほどの、

芸術的な西洋建築を後世に残しています。


こちらは、もともとは、村井吉兵衛別邸で、

今でも京都の円山公園内にきちんと存在し、

一部、レディースホテルとしても開放しているそうです。



他にも、東京の本邸は、都立日比谷高校の門や資料館

晩年に創設した銀行の各支店の建物

明治32年に建設を完了した、たばこ生産工場などは、


村井ゆかりの建築物として、当時の雰囲気そのまま、今でも残っており、

一見すると、何となく、村井のセンスの良さを感じ取ることが出来ます。



そもそも、村井が多くの文化的な建築物を残すベースは、

両切り煙草ヒーローの人気にあったわけで、

ヒーローは、日本のみには留まらず、

アジアを中心に、中国、インドでも、ヒットしたことも、

その理由として大きいのでしょう。



しかし、ここまでスマートな印象のある村井ですが、

実は、東のたばこ王、岩谷との間には、

熾烈で、時には行き過ぎ?

と思うような広告合戦を繰り広げました。


俗に明治たばこ戦争とも言われます。

ここから、その争い

そして、二人のたばこ王の決着を。。。

と思いましたが、それはまた次回ということにします。


禁煙ブログなのに、

何と『煙草の歴史の3部作』です。

よろしければ、次回もお付き合い下さいね。



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tag : 歴史もの

この記事へのコメント:
禁煙のためには、煙草を知るのも大切ですね。^^
「人はなぜ煙草を吸うのか」を知れば、煙草がやめられるかもしれませんね。
続きを楽しみにしています。
2013/06/12(水) 11:09 | URL | もふもふ903 #-[ 編集]
こんばんわ^^

グリコのおまけはサンライスがヒントだった
のですね

レンガ造りのビル、先ほど見てきました(^。^)
素敵で綺麗な建物ですね
実際見たら、もっと素敵でしょうね
商才もあってセンスも抜群な方だったのですね
2013/06/12(水) 21:31 | URL | あめしすと #-[ 編集]
こんばんは、もふもふさん!

ありがとうございます。
歴史ものは、個人的に執筆に気分が乗ってしまって、
直接の禁煙情報より、書いてて楽しかったりします^^;

禁煙中の息抜きだったり、
仰る通り、何かを感じて頂ければいいですね。

次回もお楽しみに^^
2013/06/13(木) 03:46 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
こんばんは、あめしすとさん!

明治の建物の中でも豪華な物は、
やはり、情緒がありますよね^^

しかし、センスばかりでなく、
彼の商才は、後の世にも影響を与えるものが多く、
合理的かつ機能的だったのでしょうね。

個人的には、聡明という言葉が、
きちんとイメージ出来る人物だと思います^^
2013/06/13(木) 03:52 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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