決着、明治たばこ宣伝合戦!

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☆管理人 やっぴえろ☆ 
2013/06/15(土)
あなたにとって、

今、ライバルと言える人物は存在しますか?



経済技術能力など高さは、

本来、当事者の努力によって、伸長していくものです。


例えば、その存在自体が、

目の上のタンコブ的なものだったり、嫉妬の標的だったとしても、

ライバルが存在し、切磋琢磨することが出来れば、

その成長スピードは、目を見張るものがあるでしょう



岩谷松平村井吉兵衛


共に、明治民営時代たばこ王と言われた二人ですが、

全てにおいて、対極を絵に描いたような存在でした。


しかし、そんな、彼らが競いあったことで、

当時の日本産業は、様々な分野で発展を見せたようです。


誰が言ったか、

当時のこの二人の争いの名を明治たばこ宣伝合戦


今回は第3回、完結編

いよいよ決着がつきます。



*さて、明治文明開化の最中に繰り広げられた

世に言う明治たばこ宣伝合戦!』。

この合戦の主役の二人の名は、

岩谷松平村井吉兵衛と言います。



前回、前々回でお伝えしたイメージですと、

泥臭く、自己顕示欲の強い、岩谷松平

対して、スマートでアメリカナイズされた、村井吉兵衛


拠点が東京』と京都』。


主力製品が『純国産葉の口つき煙草と、

舶来の輸入品を意識したアメリカ輸入ブレンド葉の両切り煙草』。


更に、広告戦略に用いたイメージカラー』と』。



技術的なルーツが、共にアメリカのたばこ産業に由来するものの、

正に、対象的な人物像と言っていいかと思います。




もともと、この頃から始まったシガレット紙巻き煙草の流通は、


岩谷松平が東京・銀座に天狗屋という店を構え、

1884年(明治17年)頃、天狗煙草という銘柄を販売。

これまでのキセルに変わる簡易な喫煙方法として、

大ヒットさせたことに端を発します。



岩谷東洋のたばこ大王大安売りの大隊長を名乗り、

更に勿驚税金たつた百萬円慈善職工五萬人などのスローガンを用いて、

国益に対する自らの貢献をアピール。


ド派手な演出を巧みに繰りながら、シガレットを庶民の間に定着させました。




一方の村井吉兵衛は、1891年(明治24年)に、

日本初の両切り煙草サンライスを、京都にて発売。

岩谷の動きに対して、弱冠遅れをとるものの、


アメリカ仕込みのハイセンスな雰囲気と、

美麗な外国人の美人カードを付けたオマケ戦略で、

関西を中心に、売り上げを伸ばしていきます。



そして、この村井が、

サンライス発売の翌年1892年(明治25年)に、

東京・日本橋区室町2丁目に、東京支店をオープンさせたことで、


両者が東京の地で、相まみえ、

明治たばこ宣伝合戦!といわれるような、

熾烈な広告合戦の火蓋が切って落とされることになります。



合戦の象徴的な光景として、

まず岩谷「日本の商人は、欧米に比べればまだまだ赤子であるとして、

その戒めのために赤子を示す『赤服』を着ている」
と言い放ち、


天狗煙草イメージカラーの赤と定めて、

赤服、赤馬車、赤ののぼりをはためかせながら、

天狗煙草
をド派手に宣伝しながら、町を練り歩きます。


すると、一方の村井の方も、

自社銘柄サンライス』『ヒーローイメージカラーにちなみ、

白ののぼりや馬車、更には、音楽隊にパレードまでさせて、

自社銘柄を猛アピール、岩谷に対抗します。


そして更に村井は、京都の工場でも、4キロ先まで照らし出すという、

当時としては、驚くほど高性能のサーチライトを持ち出し、

岩谷の上を行くような、派手な広告を仕掛けてみせます。



すると、この光景を目の当たりにして、元来、自己顕示欲が強く、

負けず嫌いのはずの岩谷が、黙っているわけがありません。


自分が輸入たばこであるサンライトという、

製品を扱っていたことがあるにも関わらず、


今度は、村井の両切り煙草の原料となっている、

輸入のアメリカ葉に着目し、

舶来たばこ』『模造煙草』『害になる』『国益にならないなどと、

宣伝隊を介して、これを激しく批判するようになります。



今では、一見、妨害となり、問題となるはずの他社製品への批判ですが、

この頃は、まだ宣伝や広告に法的な整備がなされていない時代、

特にこれらの行為が問題となることもなかったようです。



また、この法的な不備は、岩谷が指摘するように、

煙草のパッケージの印刷においても、模倣品を多く生み出しました。


前回、お伝えした通り、

村井兄弟商会が販売するサンライスは、アメリカの『カメオ』


更に、村井の『ヒーローが大ヒットを飛ばすと、

今度は、東京の木村商会京都の中川商店などの中堅たばこ会社が、

今なら、デザインの著作権に引っ掛かるであろう程の、

ヒーロー』と、そっくりなパッケージで煙草を販売したそうです。



そんなことからか、この熾烈な明治たばこ宣伝合戦において、

付随して、大きく発展した産業の1つが、印刷業


より品質の高い、

たばこのパッケージデザイン、オマケのカード、宣伝用ポスター開発のため、

石版印刷やアルミ版印刷の導入、またカラー印刷をも大きく発展させ、


また、現在の大手の凸版印刷株式会社の前身の会社も、

この頃、岩谷とそれに協力した木村延吉降矢銀次郎の手により、

設立されたのだそうです。



更に、煙草と関連の深い産業として、マッチ製造業も、

この頃、盛隆を極めます。


もともと、マッチ製造は、

明治のはじめに、清水誠という人物が、工業生産化に成功して以来、

明治から大正にかけては、輸出の三大品目。

また、アメリカ、スウェーデンと並んで、

当時の日本は、世界のマッチ三大生産国として、

持て囃されていました。


その上で、民間でシガレットの需要が伸びれば、

当然のように国内のマッチ消費も伸び

こちらの業界にも、大きな潤いをもたらしたのは言うまでもないでしょう。



しかし、それらの産業の発展とは裏腹に、

日本のたばこ販売における、広告合戦は決着を見せ、

更には、遂に終焉を迎える時がやってきます。



そのきっかけを作ったのは、当時、アメリカで栄華を極めていた、

世界のたばこ王、デュークの暗躍

更に、岩谷VS村井の決着でした。


村井は、もともとアメリカナイズされた考えの持ち主なのは、

再三、お伝えしていますが、

この頃になると、たばこ生産を従来の手巻きから、機械化にすることに成功

これによって、生産力で大きな差がつき、

結果として、たばこ産業は、村井兄弟商会がリードするようなります。

軍配は村井に挙がったわけです。


すると、この現状を見てとったデュークが、

豊富な資金を武器に、村井兄弟商会に乗っ取りを画策。

見事に村井兄弟商会を外資の色に染めて見せます。



しかし、こうなると、これは一大時。

全盛期の岩谷が言っていた通り、

たばこ産業は、多大な税収を生む、国家としての大事な収入源であり、

このままでは、日本の資産が、海外に吸い上げられてしまいます。


やはりこれは、大きな政治問題に発展することになります。


そして、更にここに、ロシアと間で戦争の不穏な空気が追い打ちをかけると

日本は戦費調達の手段も兼ねて、一大政策を打ち出します。



すなわち、国による煙草の専売制です。



当時の日本には、村井兄弟商会岩谷商会をはじめとして、

五千あまりの大小のたばこ会社があったのですが、

やはり、ほとんどのたばこ会社がこの専売化には反対


当たり前と言えば、当たり前です。


しかし、唯一一人だけ、この政策に賛成した人物がいました。

それは事実上、村井に敗れた岩谷でした。


もちろん岩谷にしてみれば、

元々自ら国益の親玉を自負していたわけですから、

外資の締め出しを訴えるのは、当然なのですが、

果たして、その心中はどのようなものだったのでしょうか?



そして、この政争の結果は、ご存知の通り、

国の取り決めて、明治37年にたばこの専売制を開始、

事実上明治たばこ宣伝合戦は最終的な決着を迎えます。




これにより、岩谷は国益を訴え、衆議院議員にもなりますが、

専売制導入では、立場上、国から36万円という少ない補償し受けられず

晩年は、養豚業などを営みながら、細々と生活


一方、村井は外資系を通じて、

1120万円という当時としては破格の補償金を受け取り、

村井銀行を設立

他にも東洋印刷日本石鹸村井カタン糸などの事業を手掛け、

村井財閥を形成していったそうです。



イメージやポリシーが対照的だった二人。

結末も、実に対照的です。


私たちの暮らす現代の風潮を考えると、

シガレットの一般へにの普及を功績と捉えていいかは分かりませんが、


しかし、彼らは情熱的に生き、

そして、様々な産業の発展に寄与したことは間違いないでしょう。



ライバルの存在は、やはり物事の推進力となり得る、

明治たばこ宣伝合戦は、ひょっとしたら、

そんな事柄を物語る分かり易い歴史的一幕なのかもしれません。


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tag : 歴史もの たばこの雑学 社会運動・規制などの動き

この記事へのコメント:
こんにちわ^^

煙草の需要が伸びれば
国内のマッチ消費も伸びるのですね
よくあちこちの喫茶店のマッチ
集めてたことがあります^m^
今はもうマッチって見なくなりましたね

村井銀行のほかに日本石鹸なども手掛けて
たのですね
純度の高い石けんは、よく汚れが
落ちますね(^-^)
2013/06/15(土) 16:34 | URL | あめしすと #-[ 編集]
こんばんは、あめしすとさん!

そうですね、
マッチ箱って、デザインが凝っているものが多くて、
コレクターが結構いましたよね。

うちにも、祖父のものがあった気がします。

そうえば一時期、渋い気がして、
ライターでなく、マッチでわざわざ喫煙していた気もします^^;

村井は、多角経営も成功させて、
よほど商才があったのでしょう。

ちなみに、銀行は村井の死の翌年に潰れたそうです^^
2013/06/16(日) 04:55 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
やっぴろさん、こんばんは!

自分を成長させてくれるライバルがいるといいものですね。
成功してもしなくても自分を高めてくれるとは。

以前に祖母の家を捜索した時にいろんなマッチが出てきて驚いた記憶があります。当時は子どもだからという理由でさわらせてはもらえなかったです。
マッチも日本の(煙草の)ぶんかなんですね。
勉強になりました
2013/06/17(月) 18:42 | URL | 祐希 #-[ 編集]
ライバルと思える人に出会うのは
なかなか難しいとは思いますが、
そういう人が居ると良い刺激に
なりますよね!
でも、女同士だと大抵妬みや嫉妬に
なってしまうような気がします。
う~む・・・
女って面倒臭い(笑)
2013/06/17(月) 19:53 | URL | mifa #6Q0aW8YQ[ 編集]
こんばんは、祐希ちゃん!

そうですね、
目標とか競い合いというのは、
疲れる部分もありますけど、
大きな目で、上手くパワーに変えられると、
なかなか楽しめるものです。

明治のマッチは、全盛を極めていて、
日本にとって重要な産業だったのですが、
いかんせん、あまり有名ではないですよね^^
2013/06/18(火) 21:15 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
こんばんは、mifaさん!

そうですね、
女性の方が、ライバルを嫉妬や妬みという感情で、
捉え易いと言われば、
そんな気もしますね。

それって、男性に比べて、
縦社会に慣れていないせいもあるのかな?

自分は自分。
他人は他人というのを客観視できたら、
よい関係になれるような気もします。

でもね、
最近、面倒くせー男も増えてますよ。。。^^;
2013/06/18(火) 21:21 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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