太閤張りの名品『水口キセル』

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2014/07/18(金)
憧れの有名人使用のアイテム!

この響きって、よく耳にしますよね。



最近では、ワールドカップの影響で、

選手が試合で使用したスパイクへの問い合わせが増えているようです。


予選敗退が決まったことで、

日本代表選手のものは、今一つでしょうが、

それに代わって、メッシ(アルゼンチン代表)ネイマール(ブラジル代表)

ロドリゲス(コロンビア代表)ミュラー(ドイツ代表)
あたりのモデルは、

今後、売り上げがグーンと伸びるかもしれませんね。


やはり、有名人のネームバリューによる経済効果って,

バカには出来ません。



そして実は、キセルにおいても流行していた当時は、

プロモーションの一環からか、レプリカは存在したようで、

中でも太閤張りというモデルは大変人気を博したようです。


この場合の太閤とは、もちろん豊臣秀吉のこと。


少し前に、奥方である淀君の方をテーマとしたので、

今回は、秀吉当人と煙草の関係に迫ってみたいと思います。




*まず、太閤、豊臣秀吉と煙草の話の前提として、

豊臣秀吉と煙草や喫煙に関する文献などの史料は、

現在まで、一つも見つかっていない
ということをご承知下さい。


秀吉が天下人として君臨した時代は、

ちょうど日本に煙草が伝来したしないか、微妙な時期であるため、


ひょっとしたら、手にとって吸ったかもしれない。

ひょっとしたら、見たこともないかもしれない。


という、なんとも曖昧な見方しかできず、


煙草との正確な接触の記録の残っている徳川家康と違い、

何かと、彼の喫煙の関係については、空想の域を出ないようです。



しかし、今のように不確定であるという歴史的判断がなされたのは、

実は最近のこと。

それまでは、秀吉は喫煙者であったというイメージの方が、

庶民の間では、一般的だったようです。


その大きな理由の一つとして挙げられるのが、

太閤張りと言われる水口キセルの存在。


太閤張りというと意味が分かり難いですが、

今風に言うと、いわゆるキセルの豊臣秀吉モデル

ということのようです。


ん?あれ???

ですよね?


豊臣秀吉モデルのキセルが存在するのであれば、

自ずと、秀吉は喫煙者であったということになってしまいます。

火のないところに紫煙はたたず。。。

一体どういうことなのでしょうか?



水口キセルの水口とは地名で、現在の滋賀県甲賀市

歌川広重の『東海道五十三次』の五十番目の宿場

としても描かれている、当時の宿場町です。


名産は、広重も描いている干瓢それに、葛細工・どじょう汁

そして、名工たちの造り上げたキセルは、江戸時代から明治の初め頃まで、

広くこの地の土産物として有名だったようです。


そして、そのキセル産業発展の原動力となったのは、

紛れもなく『太閤張りという、ヒーローモデルの

ブランド力だったのでしょう。


もちろん太閤張りという言葉が生まれたのは、

それなりの理由があります。


当地、水口に代々伝わる話では、


1593年、豊臣秀吉は、水口のキセル職人、権兵衛吉久という名工に、

延キセルの製作を命じました。

その際、全てが太閤秀吉好みに作らた青銅製のキセルは、

桐の紋や吉久の銘が彫り込まれており、

これを模倣した作られたレプリカ版が人気を博し、広まった。

という言い伝えが残っているようです。


しかし、実はこの話も、人々が口伝えに伝承してきた、

民話や口碑の類に過ぎず、きちんとした記録が残っていません。



そして更に、誤解を強くしたのは、

江戸時代に書かれた、たばこの研究書、大槻玄沢の『篶録』の存在。

同書は、本の中で、日本最古のキセルの木版画で紹介しており、

その版画の中に太閤銅水口 権兵衛 吉久 天正五の文字を

見受けることから、長年、秀吉と権兵衛吉久の話が、

真実味を持って語られてきたという背景もあるようです。


しかしその一方で、

秀吉の遺品などからは、キセルは一切見つかっておらず、

逆に、禁煙令を出したと言う話すら残っています。


そして更に、当時の最も身近な煙草の入手先と考えられる外国人を追放する、

バテレン追放令


やはり、秀吉が煙草を吸った吸わない。

その判断はとても微妙です。



しかし現在、歴史家の間では、水口煙管の口碑は信憑性は低い、

と考えられているようで、私のイメージからしても、

秀吉がもし喫煙者であったなら彼の性格上、豪華絢爛な煙管の一本も、

遺品に残っていそうな気がしますが。。。いかがでしょうか?



しかし、水口の町は、口碑の真偽がどちらであっても、

煙管の町として賑わったのは間違いないようです。


やはり、今も昔も、有名人モデルって、

大きな経済効果をもたらすのでしょう。


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tag : 歴史もの たばこの雑学

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