ゴッホの闇と病み

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2015/03/13(金)
代表作

ひまわり星月夜糸杉と星の見える道』。。。

と言えば、誰のことだかお分かりでしょうか?


そうです。

オランダ出身で後期印象派画家フィンセント・ファン・ゴッホです。



みなさんもゴッホが、ピカソなどと並んで、

世界の五指に入るであろう超有名な画家であるのはご存知でしょう。


しかし、そんな彼でも、存命中は、わずか一枚しか絵が売れず、

最後は精神を病んで、拳銃自殺を図ったと言います。

一般的なイメージは不遇の生涯を送った画家なわけですね。



彼の精神崩壊の理由は、様々な憶測がなされていますが、

その1つとして、彼が生涯愛した、依存物質の存在があります。


更に、自画像にも時折、パイプを咥える姿があることから見ても、

彼が愛煙家であったことは疑う余地はありません。


今回はそんな角度から、ゴッホの生涯を見つめてみましょう。


*ゴッホといえば、おおよそ1800年代後半、

大体、日本の江戸末期から明治時代の人物です。


これほどの有名な近代の画家なのですから、

彼に関する記録は、数多く残っているのかと思いきや、

前述したように、ゴッホが画家として評価されたのは死後のことなので、

公の記録は意外と少ないのだそうです。



しかし、彼についての正確な資料はいくつか残っていて、

一番、信頼性の高いものとしては、兄弟たちへの手紙。


中でも生涯、貧困だったゴッホが、経済的にも精神的にも、

サポートし続けた弟テオ(正確にはテオドロス)と交わした、

おおよそ15、6年間にもおよぶ手紙の数々は、

彼の人物を知る上で、とても貴重な資料とされていたりします。


この膨大な数の手紙は、書簡集として2009年秋にも、

ゴッホ美術館などが出版されているので、

興味がある方は、一度目を通してみると良いでしょう。



手紙によれば、やはりゴッホが晩年、精神疾患を患い、

精神病院に入院したとことはどうやら確実なようで、

入院中に名作星月夜を描きあげたりしています。

そんなエピソードを知ると、絵の見方も少し変ってきたりするかもしれません。



研究家の間では、彼が精神を患った理由は、

統合失調症、てんかん、発達障害、アスペルガー型自閉症など、

様々な推測が成されているようです。


しかし、どれもこれという確証がもてる決定打がないようで、

ひょっとしたら、色々な理由が重複しての結果なのかもしれないな、

と、個人的には感じたりもします。



そもそも、ゴッホという人物は、

多分に芸術家特有のひた向きで情熱的な部分を、

性格として持ち合わせていたようですが、

幼い頃から、精神病の傾向があったわけではありませんでした。



1853年3月30日に、オランダ南部のフロート・ズンデルト村で

生を受けたゴッホは、きとんと学業を修め、


16歳の頃には、経営者である伯父のはからいで、

パリに本店を置き、ハーグ、ブリッュセル、ロンドンにも支店がある、

大美術商グーピル商会に就職。

当時は、画商としても人当たりがよく、バランス感覚に優れており、

優秀な仕事ぶりは高く評価されていました。



しかし、そんなゴッホの転落のきっかけになったと言うべきなのが、

実は、恋の病でした。


ゴッホは19才の時グーピル商会のロンドン支店に転勤を命じられ、

そこで、下宿先の娘であるウルスラに恋をします。

ちなみに、弟テオとの文通が始まったのも丁度この頃だったそうです。


ウルスラの恋は、相思相愛であったと言いますが、

ウルスラはこの時すでに、婚約者が存在しており、

実ることのない恋となってしまいます。



しかし、この恋が、ゴッホの胸の奥に眠っていた激情に火をつけたのか、

おかげで、順調であったはずの仕事が手につかなくなり、

21歳でウルスラと離れるために、パリ本店に転勤。


が、それでも、無断欠勤などをした挙句、

とうとう商会から解雇の通達を受けます。


正に人生の交差点といった感じ。。。

ここから、ゴッホの人生は『激しい心の流浪の旅』が待ち受けています。




商会から解雇を受けたゴッホは、生活のため、

新聞広告でフランス語、ドイツ語の教師の仕事を探し、

密かに、ウルスラの影を求めていのかもしれません、

再び、イギリスの地に渡ります。


しかし、ウルスラとの恋の再燃は叶わず、

教師の職のかたわら、ロンドン近郊のアイズルワースで目にした、

貧困街の惨状を目の当たりにして、今度は宗教活動に身を投じ、

牧師の道を志すようになります


次第に活動や勉強にのめり込むようになると、

教職やその後に就職した書店の仕事も手につかなくなり、

このころから、弟テオに、少しずつ生活費の援助を求めるようになります。


ちなみに、1877年10月30日(書簡112)で、ゴッホは、

煙草を送ってくれないか。勉強するのに必要なのだ

という手紙をテオに送っており、この頃すでに喫煙者であったことは、

確かなようです。



しかし、そこまでして望んだ牧師への道も、

熱心すぎて、身なりに気を使わず、見た目が異様であったと理由から、

一度、伝道師委員会に認めれらた伝道師の資格も、

半年後には却下されてしまいます。



何となく、恋や宗教活動のエピソードからも、

彼が、物事にのめり込みやすく、激情型であることがよく分かります。



そして、伝道師の挫折により、

今度、彼が情熱の表現として求めたのが、実は絵画でした。



ゴッホはこの頃になると、完全にテオに生活費の面倒を見てもらうようになり、

取り憑かれたように、絵の練習を開始します。

27歳でした。


すると、元々、絵は才能があったのか、メキメキと上達しますが、

当時は全く売れる気配がなく、

テオから援助された資金のほとんどは、酒とたばこ、モデルの代金にあて、

貧困の極地。



更に、以前の同棲相手であった娼婦からうつされた梅毒のせいか、

歯が抜け、体はだんだん衰弱していったと言います。



そして、それに追い打ちをかけるように、

この頃から、飲み始めたと言われるのが、アブサンというお酒です。


このアブサンというお酒。

禁断の酒』『魔酒』『飲むマリファナ』『錬金術師最大の遺産

などという異名を持つ、幻覚などの向精神作用を引き起こすお酒。

最近は、成分量制限の元、再び解禁となりましたが、

一時、スイス・ドイツ・アメリカなどで製造・流通・販売は禁止となりました。



多くの芸術家が、インスピレーションを得るため愛用したとされるため、

このアブサンで、身を滅ぼしたとされる人物は多く、

ゴッホの他にも、フランスの詩人・ヴェルレーヌ

フランスの画家・ロートレック

太宰治人間失格にも、登場したりします。




そして、ゴッホが精神病院入院直前に起こした、

自分の耳を切り落とし事件も、このアブサンの中毒症状が、

原因だと言われています。


この事件は、ゴッホが自画像を描いていた時に、

当時、同居していた画家ゴーギャンが、自画像の耳がおかしくないか?と批評。


これに対して、癇癪を起したゴッホは、

自らの耳を切り落としてしまう。。。

という狂気に満ちた事件を引き起こします。


これも魔酒の危険で魅惑に満ちた力でしょうか。


そして、この時に描いた、

この耳に包帯をした自画像も、



実は、口にはたばこのパイプを咥えているのですが、

個人的にはアブサン×ニコチンというのも、

現代で言われるお酒と煙草ピルと煙草の弊害同様、

相乗効果として、精神への多大な影響を及ぼしていたのではないかと、

推測しています。

ニコチンも単独で、興奮と鎮静の効果があると言われるわけですしね。




さて、そんな狂乱の世界にいたゴッホでしたが、

入院中にも、没後、名作と言われる絵を連続で仕上げ、

更に、退院後も月で80点という、凄まじいペースで絵を描き続けます。


しかし、そんな矢先、まるでそれが最後の輝きだったかのように、

オーヴェール城裏手の麦畑で、拳銃による自殺を試みたそうです。


銃弾は急所を外してしまい、2日ほど苦しみますが、

駆け付けた弟テオに看取られて、最後はパイプで煙草をふかしながら、

この世を去ったと言います。



自殺の理由は、精神の錯乱。病を苦に。

結婚して間もない、弟テオへの負担を軽減するため。

色々と語られます。



ご存知かと思いますが、ゴッホの作品には、

パイプやたばこが描き込まれているものが数多くあります。


このことを、優雅さの表れのように表現する方もいますが、

ゴッホにとってのたばこは、果たして優雅なものだったのでしょうか


何だか、パイプを咥えたゴッホの自画像を見ると、

無性に切なく、悲壮な思いがこみ上げたりします。




そして、皮肉にもゴッホの死後間もなく、

彼の絵は少しずつ売れるようになるのですが、


そんな光景を横目で見ながら、

最大の理解者であった弟テオもまた精神を病み

兄の死からわずか半年後、入院先のユトレヒトの精神病院で、

衰弱死してしまったそうです。


ゴッホのみならず、テオもまた、

兄の存在に依存していたのかもしれませんね。


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tag : 歴史もの 煙草の有害性

この記事へのコメント:
やっぴえろさん、こんばんは!

・・・授業で名前をきいた・作品を見た程度の記憶しかなく、勉強になりました。
ブログで煙草にかかわることなど教えていただくと、学校で教えてもらう知識は最低限なんだと実感します。
人生勉強なのですね。
2015/03/14(土) 18:25 | URL | 祐希 #Ots9DzJY[ 編集]
こんばんは、祐希ちゃん!

そう言って頂けると嬉しいです。
ブログの記事は書くにあたって、少しリサーチをするのですが、
やっぱり、そこで新しい事を知ると
僕もそうなんだーと思って楽しいですよ。

それでないと、続けていないかもしれません^^

そうですね、新しい知識や価値に触れるのは、
学ぶということなのでしょうね。
それを楽しめると良いと思います^^
2015/03/15(日) 01:32 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
太陽がぁ~もしぃもぉ~
なぁ~かぁ~あったらぁ~
地球ぅはぁ~たちまちぃ~
あ、ゴッホの話だった~
1歩、2歩、3歩、4歩、5歩

そうそう、ゴッホと言えば~
丸腸~
いやぁ~、コメント返しに~
東京にもあるから頼んでとか書いた後で~
福岡ローカルのTVでさぁ~
丸腸の境界線って、やっててさぁ~
知ってるの、山口までだったYO~
広島の人は、知らなかったYO~
丸腸って、小倉が発祥の地だから福岡の食べ物だったぁ~
全国でも、食べられてると思ってた~

まぁ~アレだNE~
東京に憧れた時期もあったけど~
小倉で生まれ育って良かったYO~♪
東京には無い、美味しいものがいっぱいだし~
なにより、女神サッチィがいるからNE~♪

さっきまでサッチィと話してて~
今度、美味しい丸腸を食べに行こうと決めたYO~♪
やっぴーさんの分まで、食べてくるNE~♪

コメント全部、ゴッホ関係NE~
2015/03/16(月) 22:40 | URL | ヘルサターン総統です♪ #-[ 編集]
こんばんは、 ヘルサターン総統&バルピッグさん!

そういえばデンジマンもかなり好きだったよ。
デンジマンの歌なら今でも歌えるかも。
デン、デンジマン♪
咳と言えば、ゴッホ!
ゴッホと言えば龍角散!

そうでしょ~丸腸~
食べ物って、その土地ではスタンダードでも、
意外に他の地域では通じなかったりするものあるよね。
ひーちゃん文庫でも、時折、初対面のものに出会うもの。

でも、小倉いいよね~
美味しいもの一杯よね~
不思議にあまり河豚は登場しないよね~

でも、河豚より牡蠣だな。
アヒージョだな。
昭和なエイヒレと河島英五だな。

そうよね、サッチィが住んでるだけでも、
日本の首都は小倉でもいいくらいだね。

藍島って行ってみたいな~
遠い?^^
2015/03/17(火) 00:36 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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