日本を救った無名のたばこ王、江副廉蔵

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2015/08/21(金)
無名の偉人


歴史が勝者によって作られる陰で、

偉人と呼ばれてもいいような功績があるのに、

何故だか、その名が歴史に埋もれてしまった人たちがいます。



江戸末期から大正時代にかけて活躍した、

江副廉蔵という人物の名は聞いたことはありますでしょうか?



佐賀藩士従6位

大隈重信が離縁した最初の妻、美登の弟にあたる人物です。



廉蔵は、語学に長け外国からのたばこの輸入で財を成し、

更には、明治における有田焼の海外進出にも功績のあった人物。


そして、日露戦争後の疲弊した日本の経済をも支えたとも言われます。


それなのにあまりにも無名ですよね。。。

ここは、その埋もれてしまった功績を語ってみましょう。




*フルベッキ群像写真

という明治維新前後に撮られた

一枚のモノクロ写真はご存知ですか?


この写真は、当時、佐賀藩が長崎に設立した致遠館にて、

オランダ人宣教師であり、明治の偉人達に英語、政治、経済などを教えていた、

グイド・フルベッキとその教え子44名を写したとされる写真です。



しかしこの写真。時間的な背景や人物の関係性から、

偽造ではないかという憶測もあったりするのですが、


写真に写っているとされる人物は実に豪華絢爛。



フルベッキ親子を中心に、

副島種臣、大隈重信、岩倉具視、勝海舟、坂本龍馬、中岡慎太郎、

伊藤博文、西郷隆盛、大久保利通、江藤新平、広沢真臣、高杉晋作、

桂小五郎、大村益次郎、陸奥宗光、黒田清隆、村田新八、品川弥次郎、

後藤象二郎
などが名を連ねています。



明治維新あたりの歴史がお好きな方なら、

もの凄く胸躍るような顔合わせなのですよね?


そして、実はこの44名の教え子とされる人物の中に、

今回の主人公、江副廉蔵も肩を並べていたりします。



江副廉蔵は、1848年(嘉永元年)佐賀に生まれ、

父、江副道保にしたがって上京。

幼き日を東京で過ごします。


その後、1865年(慶応元年)に、前述した長崎致遠館

フルベッキについて英語を学び

佐賀藩立海軍寮で英語を教えるほどの語学力を身につけたそうです。



そして、廉蔵は1876年にはアメリカ建国百周年を記念して、

35か国が参加して開かれたフィラデルフィア博覧会に、

現在でも店を構える有田焼の老舗香蘭社の代表として赴いた

手塚亀之助、深海墨之助、深川卯三郎らの通訳として渡米。



一行はこの博覧会を通して、アメリカにおける有田焼の販路の広さを感じ、

元佐賀藩士である起立工商会社社長、松尾儀助と共に、

江戸幕府が1715年に制定して海舶互市新例以降、輸出が停滞していた、

アメリカでの有田焼市場の基盤を築いたのだそうです。




廉蔵はその後、一時帰国しますが、

1878年に三井物産ニューヨーク支店主任として再び渡米。


その間も、アメリカの流通市場をよく観察して、

日本でも今後、流行りそうなある商品に着目します。


それが他でもない紙巻きたばこでした。



そして、それを手土産に1885年に帰国した廉蔵は、

東京銀座に初店内にガス灯を設置したとも言われる江副商店」を設立、

直輸入のアメリカ煙草販売業を開始します。


当時の主力製品はピンヘッドという煙草でしたが、

その頃の輸出入に関する不平等条約により、輸入煙草の関税はとても低く、

更に、着物から洋服へと移行するファッションとも相まって、

庶民の間では、『キセル』から『紙巻きたばこ』の流れが爆発しました。



これにより、廉蔵は当時、国内での煙草製造販売に比重を置いて動いていた、

岩谷松平村井吉兵衛と肩を並べ、


莫大な富と岩谷、村井と同じく『明治の煙草王という異名を、

とるようになったと言われています。





しかし、そんな一時代を築いた廉蔵でしたが、

日清、日露戦争における国の困窮を目の当たりにすると、

進んで、煙草の利権を差し出し、国の財政の安定に投げ打ったとされます。



一部、国に利権を無理にはく奪されたのでは?

という見方もありますが、

廉蔵は、終生、第8代第17代内閣総理大臣でもある大隈重信と深い親交があり、

また姻戚に、伊藤博文、児玉源太郎、夏目漱石、日下部三九郎らが、

いることからも、


明治政府中枢との深く、利権が没収されたとは考えにくく、

若い頃から、維新の志士たちとの深い交流があったことから、

愛国心がこういった形で表れたのではないかと見られています。


その証拠に、1915年(明治38年)に、日本の煙草は専売化した後も、

廉蔵は、満州朝鮮にて東西煙草株式会社を創設し、

煙草販売法の基礎作りに奔走。


輸入業から一転して、外国煙草の日本侵入を防ぐことに尽力します。



更に、台湾における煙草栽培に自給率を安定させ、

国内でも、千葉県の土地を開墾して畜産事業を起こすなど、

社会公共事業等に貢献したですが、

志半ば、1920年(大正9年)に病で死亡します。



すると、廉蔵の死により傾き出した「江副商店は関東大震災。

更に、昭和の大恐慌のあおりを受けて、あえなく倒産。

一族は、政治の中枢からも遠ざかっていった事実があるそうです。


おそらくその辺りが、廉蔵が歴史に埋もれてしまった原因

なのかもしれないですね。



しかし、面白いことに海外志向の廉蔵の思考は、

今でも子孫にきっちり受け継がれているようで、

ご子孫は、東京高田馬場に学校法人江副学園新宿日本語学校

という学校を開かれているそうです。


実に、面白い巡り合わせです。



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tag : 歴史もの

この記事へのコメント:
ヤバいNE~
ネットがつながらなかったんだYO!!
正確には、繋がりにくい~!!
WiMAXのせいだったYO!!
非常にヤバい状況だYO!!
前に言ったけど~
マンション側のせいで、光とかに変えれないから~
プロバイダの、選択肢が無さすぎる~
例えば、やっぴーさんの所を開くだけで~
1時間以上たっても開かなかったりする~
もうね、ブログ活動が苦痛になってきた!!
正直もう、無理かも~

あらら~、やっぴーさんの所でも、愚痴ってしまった~

今日の記事は~
偉人ですNE~
偉人・・・
偉人の定義が難しい・・・
信長とか秀吉とか?
いや、お殿様DA!!
坂本龍馬?
いや、人気者だ!!
聖徳太子とか福沢諭吉?
いや、1万円DA!!
ゴッホとか北斎とか?
ならば、手塚さんDA!!

偉人の定義は、難しいNE~
2015/08/21(金) 23:52 | URL | 吉川経家です♪ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015/08/23(日) 02:09 | | #[ 編集]
こんばんは、ひーちゃん!

え~1時間。
そんな中コメントくれてありがとうね。
何だろう?
僕も少し繋がりにくかったりするから、時期的なものもあるのかな?
FC2のシステム的な問題なのかな?
あ、でもネット全体が繋がりにくいのかな?
そりゃ苦痛だよね~
改善されるといいけど。

偉人はその名の通り、偉い人なのだろうね。

確かに定義は難しい。
何から見て偉い人なのか?
そもそも偉いってなに?

そう考えると、サッチィもひーちゃんも偉いもんな。
ブタ兄も偉いもんな。

ちなみにサッチィランドのお札は誰の肖像画なんだろ?^^
2015/08/24(月) 03:14 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
こんばんは、鍵コメさん!

どうもお心遣いありがとうございます。
正直、まだ少しリズムは戻りきらない所はありますが、
体調の方は大分持ち直しました。
ありがとうございます。
ご心配頂きすごく嬉しいです。

コメントそうなんですか。
実は他のブログさんでも似たことを言って頂いたことがあります。
それも有難いことですよね。
復活楽しみにしています。

鍵コメさんも先日、夏バテの影響が出たようですよね。
大丈夫ですか?
お互いボチボチ行きしょうね^^
2015/08/24(月) 03:27 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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