人間、小林一茶の自己主張

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2016/05/27(金)
我と来て遊べや親のない雀

名月を取ってくれろとなく子哉

やせ蛙まけるな一茶これにあり


突然ですが、みんさんがはこれが誰の俳句か分かりますか?



最後の句には、自身の名も入れているので、

すぐ分かってしまいますかね?


江戸時代を代表する俳諧師の一人、

小林一茶の作品です。


有名なので、みなさんもどこかで耳にした事がおありでしょう。



一茶の作風といえば、

小動物などが多く登場し庶民的、かつユーモアが豊富

そんなことから当然、当時の庶民文化であった

煙草の句
も数多く存在したりします。



そして、晩年の不遇な暮らしや素朴な作風ゆえに、

温和な風流人を想像しがちですが、


どちらかというと小林一茶という人物、

自己主張が強く頑固者。

更にそれを示すような

煙草に関するエピソード

あったりするのだそうです。



*明治の文人で後世に多大な影響を与えた正岡子規は、

小林一茶の句

滑稽、諷刺、慈愛の三点がその作品の特徴。


かの松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ

日本を代表する俳人であると、

その存在を世に知らしめました。




小林一茶は、松尾芭蕉の1,000句、与謝蕪村3,000句

遥かに凌ぐ22,000句という作品を残しているのですが、

それなりに評価はされていたものの、

一躍、有名になったのは正岡子規が評価した後の事で、

生前はそれほど恵まれた生活は送れてはいなかったようです。





そもそも一茶は、1763年(宝暦13年)、

信州長野の柏原村の中規模の農家の子として生まれたました。

本名を小林弥太郎と言います。



しかし、母が一茶が物心つく前の三歳で他界。

これが不遇の生い立ちのはじまり。


その後、父が再婚した継母とそりが合わず、

継母は弟ばかりを可愛がり、孤独な幼少時代を送ったそうです。


すると15歳の時に、その姿を不憫に思った父が、

継母と距離を置けるようにと、

一茶を江戸に奉公に出します。




その後、20歳の頃大川立砂という俳諧師に出会い、

25歳頃から本格的に、二六庵小林竹阿をはじめ、

葛飾派三世の溝口素丸今日庵森田元夢らなどに師事し、

俳諧を学び始めたのだそうですが、

実はそこまで生活は不明な点が多いのだそうです。



小林一茶伝を記した作家の井上ひさし氏によれば、

見た目は、猪首・赤ら顔・小肥・怒肩。

凶暴・短気・自信家・女に薄情という性格。

更には普段の素行悪さから、盗みの疑いまでかけられたそうです。



今では言えば、絵に描いたような不良少年~青年期を過ごしており、

アウトロー的な自己主張の強さが、

ストレートでユーモアに富んだ作風
となって

表現されているのかもしれません。




そして、一茶が江戸にいた頃はいわゆる、

文化文政の時代というのも忘れてはいけません。


戯曲作家の十返舎一九、式亭三馬。

浮世絵では、葛飾北斎、安藤広重、喜多川歌麿

肖像画の渡辺崋山などが活躍。


享楽的で華やかな風潮の中で、

一茶は独自の素朴な作風を貫いたことになります。


何となく、そこには上京してきた田舎者の意地みたいな物も感じ、

そこからも彼の意志の強さを想像することが出来ますよね。




そして、長沼の門人、村松春甫が描いた長沼連衆画象寄合書

一茶像の膝元にはたばこ盆がありますし、

一茶の句の中にも『煙草』が何度も登場することからも、

彼が愛煙家であることが、容易に想像することが出来ます。



句をいくつか挙げてみますと、


たばこの粉扇で掃いておきにけり』    

たばこの火手に打抜いて夕涼

五月雨や線香立したばこ盆

寝むしろやたばこ吹かける天の川

ろうそくでたばこ吸いけり時鳥

雨晴や蚊屋のうちなる朝たばこ

花さくや伊達に加えし殻ぎせる

青くさきたばこ吹かける桜哉



彼の生活に煙草が根付いていたことが、活き活きと表現されていますよね。



そして、2013年4月9日の朝日新聞の紙面では、

一茶が弟子の竜卜に宛てた手紙が紹介され、

ここからも一茶のたばこ好きと自己主張の強い性格が伝わって来ます。


手紙の内容は、

『知人宅に自分のたばこ入れが落ちていないか、ついでのときに聞いてほしい』

と依頼する内容のもの。

しかし面白いのはこの後、

『ついで』と言っておきながら6日までに知らせてと催促しており、

竜卜も師匠からこう言われては断れなかっただろうし、

控えめと言うより、押しが強いのが伝わってきますよね。




しかし、このブレない我の強さが、

他の俳諧師とは違う独特の味わいの作風を生んだのかもしれません。


コンプレックスや苦労は、

芸術面において優れた作品を世に送り出すと言いますが、

小林一茶も、実はそれに違わない人物だったように思います。



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tag : 歴史もの たばこの雑学

この記事へのコメント:
ブレない我の強さ
禁煙するにも必要そうですね
私は 何事にも ブレブレなので、
少しは 一茶を見習わなくては^^;
2016/05/27(金) 09:10 | URL | kotone #-[ 編集]
近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ~♪
いやぁ~
以外に古今和歌集とか万葉集とか・・・
え、俳句!?
マジDE!!
ひーちゃんショックだNE!!
どうしよう?
今日の禁煙のコメントは、無理なのでは・・・
そうそう、よく考えたら~
俳句と言えば、ひーちゃんだったNE!!
友蔵心の俳句もスッゲーけど~
ひーちゃん殺戮の俳句もすごいZE!!
では、ここで1区~
比例区的NA!!
小選挙区比例代表併用制!!
選挙関係無かった~
改めまして、ここで一句~
ヤバい、禁煙のコメントだった!!
早くしないとNE!!
HPが、10しか無いからNE!!
龍虎乱舞が出し放題NE!!
2016/05/27(金) 23:16 | URL | (・ω・)ノ柿本人麻呂です♪ #-[ 編集]
こんにちは、まさかここでさくら友蔵に出会うとは・・。あ、そういうことじゃなかったです。^^;
一茶の俳句は知っているけど、ご本人については全く知らなかったです。面白く読ませて頂きました。
一茶の時代には、禁煙の概念はなかったでしょうねぇ。今を知ったら何と言うでしょうか。^^)
2016/05/28(土) 14:29 | URL | もふ姉さん #-[ 編集]
こんばんは、kotoneさん!

そうですね~
一茶はブレないというよりも、
何となく反骨心があったのかもな~
と想像しています。

禁煙でも、あえて自分の嫌いない相手に
禁煙を宣言するというやり方もあったりするんですよ。

意志の強さは備えているといいですよね^^
2016/05/29(日) 04:07 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
こんばんは、柿本人麻呂さん!
ええええ!!歌仙からコメントきちゃった!^^

何?ひーちゃん、和歌詳しいの?
何?友蔵だけ?

ひーちゃんショックで禁煙コメント書けないって、
新しい切り口だね~
ついつい、よしよしそれなら仕方ないね~
とか思っちゃったよ^^

殺戮の俳句か~
確かに凄そう。何か滅茶苦茶勢いありそうだよね。
殺戮の俳句でパラパラ漫画とかどうよ~
あ、でも、読者さん置き去りにしちゃうかな^^

龍虎乱舞はガード効かないからね~出さないで^^
2016/05/29(日) 04:37 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
こんばんは、もふ姉さん!

いや、さくら友蔵さんよりも、
柿本人麻呂さんのコメントの驚きましょうよ。
本人ですよ?!
間違いない!!
時空を越えてます^^

そうですよね~小林一茶。
僕も知らなかったので少し意外な感じですよね。

もし、一茶が現代にいたら、
我が強い彼のことですから、現代に禁煙の風潮には
断固反対の態度を取ったような気もします。
それはそれで民主主義ですよね^^
2016/05/29(日) 04:52 | URL | やっぴえろ #-[ 編集]
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